奥河内の勝光寺 マタタビが白変する !!

またたび南海・三日市町駅の西の山手の住宅地・南花台から「うじの隧道」を抜けると日野に出る。その隧道の手前の坂を下りると勝光寺がある。
当寺は、昭和三十年代に創建された河内長野では比較的新しいお寺で、「松尾山 勝負宰不動尊勝光寺」と号している。このお寺の奥に近在の人たちが「お多福壺」と呼んでいた滝があるが、現在ここは当寺の修行の場となっている。河内長野市内に寺院は32ヶ寺あるが、境内に滝が流れている所は当寺だけである。
6月10日頃、この滝に至る道にマタタビの花が咲き、葉が白く変色する。
またたびマタタビは、場所にもよるが、6月から7月にかけて2Cmほどの梅に似た白い花を下向きに咲かせるので夏梅(なつうめ)とも言われる。そして花を付ける蔓の先端の葉は、花が咲く頃、白く変色する。
なお同じマタタビでも、ミヤママタタビは、桃色に変色するようであるが・・・。
そして我々は、この小さな花よりも白く変色した葉を見ると、これがマタタビだと認識すると共に、この木の変色を楽しんでいる。
ネコ科の動物では猫を初め、ライオンや虎も、このマタタビの臭気に反応し恍惚感を覚えると聞く。そのため「ネコにマタタビ」と言う言葉が生まれたようである。

このマタタビ、古く平安時代には「和多々比(わたたひ)」とか「和太太備(わたたび)」とか呼ばれていたが、語源はアイヌ語の「マタ・タムブ」からきているようで、「マタ」は「冬」、「タムブ」は「亀の甲」とか「包む(産物、土産)」とかの意と考えられている。
またたびしかし「旅に疲れた旅人がこのマタタビの実を食べたら、元気になってまた旅(マタタビ)に出かけた」ことから「復(また)旅」と言われるようになったと言った語源説もあるが、本来は、マタタビと言う発音から「復旅」を連想し、このような語源が逆に導き出されてきたと推察される。
ところで、このマタタビの実は、薬用のマタタビ酒として親しまれているように活力の源のように考えられているが、実際は神経痛やリウマチなどに効果があるようである。
6月5日頃、河内長野市内の花の文化園や大峯道などでも、白く変色した葉をいっぱい付けたマタタビを楽しむことができる。

西風狂散人(かわちのふうきょうさんじん)