南面利(なめり)の湯 鳥の地獄といひつたふる池

西高野街道は、河内長野駅前から三日市町に走っている。
この街道沿いに烏帽子形八幡神社がある。
南面利の湯そこから少し行くと、喜多平野地蔵堂が建つ。ここは地蔵の辻と言われ、西高野街道はここで和泉道(大津道)を分岐している。
和泉道は、ここから寄ケ峠(よっしゃとうげ)を越え、町井橋を渡り、なおも行くと天野山金剛寺の総門前に出る。
さらに和泉道はこの寺の境内を通り、南大門を抜けて千石坂(峠)に至る。
この峠が河内、和泉両国の境界になっている。
この峠から数百m進むと、街道の左に地蔵堂が建つ。
ここを左に入ると、民家があり、その家の裏の緩やかな坂を50mほど登ると、薬師堂があり薬師如来が祀られている。
その前に不思議な池がある。ここは、江戸時代、南面利(なめり)の湯の源泉であった。
江戸時代の嘉永6年(1853)暁鐘成(あかつき かねなり)が著わした『西國三十三所名所図会』に、次のような記述がある。
南面利の湯「南面利(なめり)の湯(南面利村にあり。巡礼街道の傍(かたはら)に農家一軒ありて、ここに入湯の室を補理(しつら)ふ。この湯はこれより一丁ばかり向かふの山に、いにしへより鳥の地獄といひつたふる池あり。平生(つね)に下より泡吹き出でて止む事なし。(中略)
『和泉名所図会』にも鳥の地獄と書けり。しかるを今年より八箇年ばかり以前、究理(きゅうり)の者ありて、この水をくみて湯とし、病者(びょうしゃ)をすすめて入浴せしむるに、かならず功験(こうげん)ありて快気するもの多し。
(中略)終に一箇の養生所とはなれりとぞ。按ずるに、その水温泉にはあらずといへども、下よりて沸々(ふつふつ)と湧き上がり、増さず減らざる形勢(ありさま)、全く硫黄の気の柔弱なる者ならんか。
この山中には草木繁茂せざるにて知るべし)」と。

この南面利の池は、5m四方ぐらいの大きさであるが、水中からいつもブクブクと泡が湧いている。
『名所図会』に記載されている通り、今でも「沸々と湧き上がり、増さず減らざる形勢」である。
南面利の湯しかもこの池は、山の頂上にある。周りを見渡してもここが一番高い。
「増さず減らざる」であるから、どうも鉱泉は湧いていないようである。むしろ湧いていると言うよりも、窪地に雨水などが溜まって池となり、そこに炭酸ガスが噴き出しているようである。
それにしても何とも不思議な池である。その不思議さに心を奪われ、ただただ水面を眺めていると、時の経つのを忘れてしまう。
『西國三十三所名所図会』によると、ここは昔から「鳥地獄」と呼ばれていたようであるが、河内長野では、石見川の奥にも鳥地獄がある。また天見の蟹井神社前の「蟹井の淵」の上の林の中でもブクブクと湧いている。さらに流谷八幡神社の南のボ谷を遡った谷間にもある。
河内長野での鳥地獄は、「金剛・葛城行者道(ダイトレ)」の北の山麓近くに一列に並んで湧いているようである。
(H23(‘11)・12・17 散策)

横山 豊