水琴窟(すいきんくつ)、奥河内の興禅寺に響く ♪♪

南海・美加の台駅から東の住宅地に歩を進めると興禅寺(こうぜんじ)がある。
この寺は奈良時代の僧・行基(ぎょうき)が当山に泊まった時に阿弥陀如来像を祀ったのがその始まりと伝え、現在、河内長野市内唯一の曹洞宗の禅寺である。
同地に赤坂上之山(あかさか かみのやま)神社も鎮座していて、神仏習合を色濃く残している貴重な史跡である。
水琴窟
このお寺の本堂横に水琴窟がある。
地中から聞こえてくる繊細で、密やかな音。耳をそばだてて初めて聴こえてくる音。この奇妙な音を巧く表現できない。正に、筆舌に尽くせない!! と言う表現がピッタリする音である。
水琴窟は、手水鉢や蹲踞(つくばい)のそばに瓶(カメ)を逆さに伏せて地中に埋め込み、瓶の底に開けた穴から蹲踞などの水をしたたり落とすと、その水滴が空洞の瓶の中で反響して、何とも表現し難い音を地中で奏でる。
妙なる音と言うべきであろうか。その妙なる音を聞いて楽しむ仕掛け、装置が水琴窟である。
水琴窟は、江戸時代に考案された日本独自の水を使った音響装置である。そして、江戸時代から明治にかけて盛んに作られた日本庭園の造園技術の傑作でもある。

我が国では、昔から水を利用したものに「ししおどし」がある。
この「ししおどし」は、もともと動物を寄せ付けないためものであったが、何時の間にか庭で風流な音を楽しむものに変わった。しかしこの水琴窟は、考案された当初から清らかな音、ゆかしい音を楽しむ優雅な装置であった。
水琴窟名称の由来は、明らかではない。何時、誰が名付けたのか、全く判っていない。
江戸時代、音を奏でるものは太鼓や笛に三味線、あるいは琴や鼓ぐらいしかない。
従って、この奇妙な音を奏でる装置を表現すると、やはり「琴」か「鼓」の名を付けたものになったこともうなずける。瓶に落ちる水滴音が琴に似て優しく妙なる音と感じれば「水」と「琴」。それが鼓を打つ軽やかでリズミカルな音に感じれば「水」と「鼓」。いずれもこの不思議な装置を表すのに適しているように感じる。

現代社会では、音と言えば、まず騒音が頭を過ぎるが、昔の人は、自然界の音を楽しんだ。風の音、波の音、せせらぎの音、あるいは雨の音、そして秋には虫の音までも楽しんだ。昔の人は、音に対し現在の我々がもつ感性とは異なったものを持っていたのであろう。だからこそ、このように細やかで、妙なる音を楽しむ仕掛けや素晴らしい音を奏でる装置を考え出すことができたのであろう。
水琴窟は、日本の庭園文化における最高の傑作といえる。そして今でも風流人がこよなく愛でるモノと言えよう。
この水琴窟、河内長野市では、花の文化園にも設けられている。

奥河内の閑適庵隠居  横山 豊