奥河内 庚申堂のくくり猿

1:くくり猿とは
(1)綿入りの赤く四角い布の四隅を手足に見立て、それに頭をつけて猿の形にしたもので、手足を縛られ動けない姿の猿を表している。
(2)猿は、欲望のままに行動するが、その姿は、人間が邪欲のままに行動することと何ら変わらない。そこで、人間に住まう欲望が動き出さないように、猿を人間の身代わりにして庚申さんに括り付けてもらっているのが「くくり猿」とか「身代わり猿」とか呼ばれているものである。 従って、くくり猿とは、人間の欲望そのものを表し、その姿を見 ることによって、人間が欲のままに走らないように戒めるためのも のである。同時に、
(3)くくり猿は、猿が持つ魔除の力によって、悪病や災いが家の中 に入って来ないように家の軒先に吊るされるお守りでもある。なお、
(4)この猿が赤いのは、赤は古来より癖邪(へきじゃ)・魔除の色と され、鳥居や地蔵の涎掛け、天然痘除けなど厄除けの効果がある色 と考えられてきたからである。そしてまた、
(5)くくり猿の体内には、庚申の本尊・青面金剛(しょうめんこんごう) の分霊や護符が納められていると言われている。

2:猿とコンニャク
(1)三蔵法師が天竺にお経を取りに行く時、猿の孫悟空がそのお供に 付いて行くが、中国では、猿や桃には、「魔除の力」があると信じられていた。また、
(2)平安時代、京都八坂の庚申堂の開祖・浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)が父親の病気平癒にコンニャクを奉げたことから、庚申の日には、コンニャクが振舞われるようになったと伝えられ、これが庚申とコンニャクとが結びついた始まりと考えられる。
(3)コンニャクは、体に溜まった砂を取り除く、いわゆる「コンニャクは体の砂払い」という俗信があり、植物繊維が豊富な食べ物であることを昔の人たちは、経験の中から知っていたのであろう。そして、
(4)コンニャクは、「体の中の砂」ばかりでなく「災い」も取り除く力があると拡大解釈されていった。

3:庚申待ちと三尸の虫退治
(1)道教によると、人間の体の中には、三尸(さんし)と呼ばれる虫がいて、庚申の夜に寝てしまうと体から抜け出し、天帝にその人の罪過を告げると言われる。そして、
(2)天帝は、罪の軽重により、その人の寿命を縮めるので、人々は天罰によって早死しないように徹夜してさまざまな行事を行った。時には徹夜で飲み明かすこともあったようである。 これが「庚申待ち」である。従って、 「庚申待ち」とは、本来、「長寿を願う信仰」であった。なお、
(3)「庚申待ち」と言う言葉は、「庚申祭」とか「庚申を守る」とかが訛ったと推察されている。
(4)庚申は、「庚(かのえ)・申(さる)」と訓読みされることによって、その信仰は、現在我々が見るような「猿」や「コンニャク」に結び付いていったようである。
(5)悪病や災いを持って来ると言われるこの三尸の虫は「コンニャク」が苦手、「猿」は大嫌いと言われ、そのため、
(6)人々は、庚申の日にコンニャクを食べて体の中に住まう三尸の虫を払い退治した。また、 この日、コンニャクを食べると頭痛が治るなど諸病平癒のご利益があるとか、心の中で願いごとを念じながら北方あるいは恵方を向いて食べると、その願いは必ず叶うとの言い伝えもある。 因みに、北を向くのは庚申さんが、南を向いているので北向に祈るからとか、神格化された北辰(北極星)へ祈願したからとか伝えられている。そして、
(7)猿が毛繕いをしている姿は、三尸の虫を取って食べている姿に重なり、猿を見ると三尸の虫は逃げ出してしまう、とも言われている。
(8)庚申待ちの本尊は、仏教では「青面金剛」、神道では「猿田彦神」が多い。これは庚申の「申」が猿田彦の「猿」に結び付けられたことに由来している。そして、
(9)猿は、「庚申の使い」と考えられ寺社では「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が祀られている。

4:相関関係は
(1)庚申(こうしん・かのえさる)の申(さる)は、猿(さる)と同義で、「魔除」の力があり、「くくり猿」や「三尸の虫退治」の俗信に発展、また、
(2)八坂の庚申堂開祖の「病気平癒=コンニャク」が「体の砂払い」や「三尸の虫退治」へと繋がり、さらにこれが、全ての「災い」封じへと発展拡大していった。従って、
(3)「申・猿」を共通言語とした長寿を願う信仰は「申=猿=くくり猿=魔除⇒三尸の虫退治(猿・コンニャク)・病気平癒(コンニャク)⇒災い封じ」へと変化・拡大解釈されていったと推察される。

5:類似したもの
(1)奈良興福寺の南・奈良町の「身代わり猿」
(2)飛騨高山の「猿ぼぼ」
(3)形代(かたしろ)・天児(あまがつ)・這子(ほうこ)人形
子供が生まれた時、その子が「はいはい」する姿を彷彿とさせる這子人形が作られ、赤子の枕元に置かれた。この人形は、形代や天児と同じく、身の穢れや災いを人形(ひとがた)に移させ、子供に降りかかる災難を憑依(ひょうい)させ、身代わりの役割を担わせて、幼子の無事な成長を祈るものであった。
(4)従って、くくり猿を初め、これらの人形は、雛人形など人形全般に見られるように「災い転化」の「おまじない」や「お守り」の一種と推察される。

6:どこにぶら下げる
(1)家の軒先に吊るし、悪病や災いが家の中に入って来ないように、また、
(2)端午の節句で幟(のぼり)の下に跳ね上がり防止のための錘(おもり)として付けたり、あるいは、
(3)遊里では、布団の隅に付け、客が帰るのを引き止めるおまじないにしていた、と伝えられている。
(4)そして今後、このくくり猿は、ケイタイのストラップとして登場してくるかも知れない。

7:くくり猿は、どこに ※ 新町・庚申堂(法憧山地蔵寺)

(横山 豊)