桃と梨の里 奥河内の小山田に遊ぶ

寺池公園を廻り小山田口バス停を通り、さらに歩を進めて小山田・中の町を過ぎると、道は少し上り坂になる。途中、左の民家の庭にキリシタン燈籠が立つ。さらに歩を進め坂を登り切ると小山田のバス停に着く。この右上の金刀比羅宮の手水鉢には盃状穴が穿たれている。
安産と五穀豊穣の祈りの跡である。
この船首のような台地を廻ると広々とした田畑が広がっている。そしてこここそが小山田の「桃と梨の里」なのである。
桃の里は、平和で豊かな桃源郷(とうげんきょう)、俗界から離れた仙境と考えられ、
古来より理想郷を意味していたが、梨園(りえん)は、唐の玄宗皇帝に由来し芸能界、特に歌舞伎役者の世界を指していて理想郷とはほど遠い。
季節は春。風狂散人の最も好きな季節である。全てが新しく生き生きとしている。何か生命がみなぎっている感じがする。
桃は、古くから「邪気を祓う力」があると考えられてきた。身近なところでは、子供の頃、桃太郎の鬼退治の話を聞いて育った。そして『古事記』に伊弉諸尊(いざなぎのみこと)が鬼女に追われた時、桃を投げつけて退散させた記述があったと記憶している。
また三月三日の雛祭りは、雛人形のお祭りでありながら、桃の加護によって女の子の健やかな成長を祈る行事、桃の節句である。
近くは延命寺(河内長野市神が丘)に鬼退治をした時に使われた桃の木で作られた弓矢が当寺の宝物として残されている。あるいは家の屋根に桃をあしらった軒瓦が取り付けられていたり、桃が彫られた飾りを乗せた門もある。いずれも魔除け、鬼退治のためである。
桃には魔除けの力が秘められているのである。

一方、梨は果肉が白いので「中白(なかしろ)」とか、あるいは真ん中ほど酸味がキツイので「中酸(なす)」が転じて「ナシ」になったとの説など、諸説がある。
「ナシ」という語感は、吉凶二つの意味を示している。
まず凶の意では、ズバリ「無し」に通じることを忌み嫌い「有の実(ありのみ)」と反対の表現をしたり、あるいは庭に植えたりすることを避けている。
逆に吉の意味では、「無し」と言う文字を積極的に評価し、鬼門の方角に梨の木を植えて「鬼門無し」と、あるいはまた盗難や遭難に遭わないように庭に植えている。縁起を担いでの積極的な思考である。
となると、桃も梨も「魔除け」の意味がある、きわめて縁起の良い果物と言うことになる。

当地はもともと河内木綿の産地であった。しかし明治以降、海外の安くて良質の木綿が輸入され、当地の綿の栽培農家は大打撃を受け衰退した。そのため明治以降、当地の農家は蕎麦や麦などを作り貧しい生活を送っていた。
明治10年(1877)頃、小山田村の北野林三郎氏が当地に自生していた結実の良い梨の苗200本を植え付けたのが、当地の梨栽培の始まりである。
当初は二反歩しかなかった梨畑が、昭和7年には90町歩に広がっていたと言われている。なお、この梨の品種は「長十郎」である。農家は綿に変わって梨を作付、栽培したので、梨はさらに普及し、これが現在も続いている。それにしても梨は、実が成るまで18年もかかると言われ、ここまで普及させるには、大変な苦労があったと推察される。
また戦時中は、食糧増産の命により当地の耕作地の1/3は、サツマイモ畑への変更を余儀なくされていた。しかし戦後、梨の栽培面積は150町歩に拡大。さらに昭和40年代から桃の生産にも取り組んでいった。それが現在の当地のブランド品「小山田の桃」である。
それに因んでか、この小山田の桃畑は、切手のデザインにも採り上げられている。

桃の生育や果物の結実までの年月について面白いことわざがたくさんある。そしてそれらは土地々によっても少し異なっているようで興味深い。
そのなかでもダントツに有名なことわざが「桃栗三年、柿八年」である。これは苗木が発芽し結実するまで、「桃や栗は三年、柿は八年かかる」と言う意味であるが、一方で「何事でも、物事を成し遂げるには時間がかかる」ということも示唆している。
このような果実の生育に関することわざを集めてみるとたくさんある。
※ 桃・栗三年、柿八年、 梨の大馬鹿十八年。
※ 桃・栗三年、柿八年、 くるみの大馬鹿二十年。
※ 桃・栗三年、柿八年。柚子は九年で成り下がる。梅は酸い酸いとて十三年。
梨の大馬鹿十八年。
※ 枇杷は九年で成りかかる。
※ 柚子は九年で花盛り。柚子は九年で成り兼ねる。柚子の大馬鹿十八年。
※ リンゴ にこにこ二十五年。銀杏の気違い三十年。
※ 女房の不作は、六十年。亭主の不作はこれまた一生。あーこりゃ、こりゃ!!
また早口言葉もある。
※ 李(すもも)も、桃も、桃の内。
※ 李(すもも)も桃、桃も桃、桃にもいろいろある。

道はほどなく、堺の岩室と金剛寺とを結ぶ天野街道に合流する。このまま金剛寺に行くのも良い。
北に道を採り岩室の観音院に行くのも良い。コースはお気に召すままである。
なお、桃と梨の花は、4月中旬頃、満開を迎える。

西風狂散人(かわちのふうきょうさんじん)